【第六話】やつし事 / 語り:大城戸建雄

「やつし事」

 歌舞伎の役柄の呼称に「和事」がある。そのように呼ばれる役柄の要領としては「濡れ事」「やつし事」「色事師」などの演出が結びついた内容で、実際、私たちが今観る歌舞伎芝居の役どころでは、「助六」の中の白酒売り新兵衛(実は曽我十郎祐成)、「恋飛脚」の忠兵衛、「紙治」の治兵衛、「夕霧」の伊左衛門などで、すべてに柔らかみのある、また風格のある、柔軟な男の役をいうようだ。それらは、汗をほとばしらせるような力強い、男くささのタフガイではなく、今流の草食系の優男がイメージさせられるのだが、真剣に一途なところ、芯の強さ、出自の良さや品格のある役どころとなっている。
「やつす」と言う言葉があるが、本来「身をやつす」とは、姿を変えるとか、みすぼらしくするという意味あいがあり、高貴な生まれの若殿や豪商などの若旦那が放蕩にふけって落ちぶれ、すっかり姿が変わってしまったりする姿を表現する。しかし歌舞伎の世界では、そのように落ちぶれていても、もともとの品格や色気があるように表現しなければならない。歌舞伎芝居の中で最も古い「やつし事」を表現したのは、「やつし方の名人」とも呼ばれたと伝えられている元禄時代の名優、坂田藤十郎である。
やつし事の代表的な芝居では、「廓文章」吉田屋の場があり、上方系の役者によって上演される事が多い。この芝居は俗に「夕霧伊左衛門」とも言われ、傾城と色男の若旦那の物語である。余談になるが、歌舞伎芝居ではよく知られた内容の物語になれば、正式な題名を呼ばずに、物語の主人公をさして通称とする事が多い。が、男女がらみの場合「お初徳兵衛」「お染め久松」「お半長衛門」「夕霧伊左衛門」「梅川忠兵衛」など、女性の名が先にくるのが大半である。なぜなのか。男尊女卑の道徳観念の時代に、恋愛感情は女性上位であったのだろうか。
話を元に戻して、この吉田屋の場面は、やつし事を表現する小道具にこった演出をしている。花道に出てくる伊左衛門は、編み笠に紙衣と言う風体である。そして隠す顔を照らすかの様に「つら明かり」というロウソクを黒衣が差し出す。普段は絹のきらびやかな着物を着ている大店の若旦那がいかにも見すぼらしい姿という演出なのだが、本舞台になり明るい場面ではこの紙衣の意匠の美しいこと。デザインといい、色合い(特に紫)といい、いかにも大店の若旦那にふさわしい風格と品性が漂う、はんなりとした上方の美意識なのである。座敷に上がって夕霧を待つあいだのチャラチャラした演出もまた、落ちぶれ人にやつしていた若旦那がもとの鷹揚な「けいせい事」という演出で柔婉な人物へと変化していく様を表現する。
物語は、勘当が許されて、夕霧の身請けの金の千両箱が届くという大団円で終る他愛のないものなのだが、ひとつの恋愛物語で、けいせい事、やつし事、濡れ事、色ごと師などの元禄時代の現代劇をそのまま映し出してくれる舞台が晴れやかで楽しい。

 

筆者 大城戸建雄原画「吉田屋」 

H28手拭1

歌舞伎に精通している大城戸建雄先生の筆による、
原画「吉田屋」はWEB初公開です。
これから絵てぬぐいとして登場するかもしれません。絵のご感想をお待ちしてます。

【第六話】やつし事 / 語り:大城戸建雄