【第五話】模倣 / 語り:大城戸建雄

「模倣」

 少し前になるが、テレビ番組で「仮装大賞」というのが流行した。これはいろんなシーンや物事の形態模写というものであった。その昔は、「声帯模写」というジャンルの芸能があり、政財界の著名人や、人気あるスターなどの口調やセリフ(こわいろ)を真似たものである。年末年始の宴会などには、必ずこの素人芸を披露する御仁がいたものだ。特に歌舞伎芝居の名台詞「しらざ~ いって聞かせやしょう」「月はおぼろに 白魚の」「お若えの お待ちなせえ」といった七・五調のセリフを、音羽屋や橘屋、播磨屋などの名人の声色を、競って演じた人たちのいた昭和の時代も懐かしくなってしまった。
昨今、著作権や版権などといって話題となったトレースの問題は別として、藝はやはり名人からの模倣から始まるのではないだろうか。いろいろな名優の芸談を読んでも、幕袖から名人の至芸を盗み取り、見よう見まねで自分で解釈しながら研鑽したという役者が多い。現在では、尊敬する先輩に教えを受けてそれぞれの家の藝を吸収する、また、歌舞伎藝の存続を願って、門閥に関係なく、後進を指導する、といった役者間交流も盛んなようだが、昔は、手取り足取り教えてくれる先輩などなく、江戸歌舞伎に世襲制が一部在るとはいえ、親子ですら、一枚板の上では同業者として火花を散らしたと聞く。
私の観劇歴の中で、真剣に模倣をし、その役の心根を吸収して自分のものにし、さらに革新的な表情を歌舞伎界に与えた人はいるが、特筆すべきは18 代目中村勘三郎という役者だった。若くして父17 代目中村勘三郎に去られた後、しばらくは必死に17 代目の口跡、リズム、立ち居振る舞いを取り込んで、目をつぶれば、舞台には演じている17 代目が居るような錯覚を覚えるほどであった。おそらく父の藝を必死で模倣し身体髪膚に染み込ませる研鑽をしたのだろう。さらに、母方祖父の六代目菊五郎の藝、父方祖父の歌六系(播磨屋系も含めて)の芸域も吸収していただろうし、そういう古典藝の研鑽の上に、新たな現代歌舞伎を打ち立てて、花のある役者になっていった。こうした、研鑽、実験、革新という課程を経て、さらなる高みにと思う矢先に病魔に倒れたのは口惜しいものがある。が、そこまでやった彼の実態を後に続く人は実感してほしいと思う。
テレビやマスコミに頻出して存在を知らしめることや、他ジャンルの人たちとの交流を深める事も大切だ。ただその中から何を自分の藝の肥やしにするかは、自分自身の藝の目標を何処に置くかという腹を括った覚悟あっての事だろう。
申年の年頭に当たって、猿真似に終らず、信ずる先人の信ずる藝域を自分の中に取り込んで、さらなる高みに精進するという覚悟を、伝統芸に携わる人には持ってもらいたいと思う。

 

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筆者 大城戸建雄原画
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【第五話】模倣 / 語り:大城戸建雄