【第三話】切符 / 語り:大城戸建雄

「切符」

  昔から、芝居小屋一番の客席は「と・ち・り」といわれてきた。つまり、いろは順に舞台前列から、と(7列)、ち(8列、)り(9列)の中央席が、舞台全体を見渡せ、芝居が観やすく、さらに、個々の役者の演技も十分に堪能できる席だというのである。いつ頃から言われだしたのかさだかでないが、芝居好きはとりあえずこの席を確保するのにやっきとなったものだ。
 もうひとつ、花道の七三と呼ばれる位置のすぐ横の席も、狂言によっては取り合いとなる。『娘道成寺』の白拍子花子が、この場で口紅を拭った懐紙をわざと客席に落とすという型があるからで、贔屓の役者のその懐紙はファンにとっては奪い合うほどの宝物だったのである。
歌舞伎座をはじめ、全国に歌舞伎上演を意図した劇場は幾つもあるが、中でも古い形を残しているのが京都の南座で、特に、年末の顔見世興行は京都の年中行事として位置づけられ、賑わう。
 顔見世興行の南座の場合、両脇にある桟敷席は、「総見」といって、京都花街の舞妓・芸妓が着飾って陣取り、芝居見物する日がそれぞれ花街によって定められている。同時に、その舞妓や芸妓が所属する、置屋やお茶屋の女将さんたちも着飾って一般客席前方に陣取るのである。着物、帯、髪型に装飾品、それはそれは劇場全体が華やかな祝祭空間に生まれ変わり、喧噪の師走の中、心浮き立つ一瞬の時の流れとなる。
 近年の劇場空間は大きくなり、一等席も範囲が広くなった。と・ち・りの席や一階の後方、役者の汗ひと粒が見えるような最前列、黒子の動きが分かる上手下手の端、花道より下手で、常に役者の背中ばかり見える席などもその範囲である。むろん、承知で入手する席だが、位置に関係なくす
べてが同額ということの抵抗はやはりぬぐえない。
 そこで、小生は、いろいろな席ごとに舞台を楽しむことにしている。まず、前1、2 列の端の席なら、上手の場合はツケ(附け)を打つ大道具方の手元をたのしむ。立役が見栄を切る、立ち回りが激しい殺陣(たて)、その度に打ち鳴らされる効果音をじっくりと味わう。床にて語られる浄瑠璃太夫の熱演や、三味線演奏もまたしかりである。下手の席だと、上手舞台裏に入っていく役者の、気の抜き方がうかがえ、また早変わりなどの時、袖幕で控える黒子の、準備や手順も時には見られる。そして舞台の上での役者の遊びもよく分かる。特に、その他大勢で居並ぶ腰元や、下級武士役の役者の手のクセや目つき、セリフのないときの幹部俳優の表情。(時々目で他の役者と何かコミニケーションしている様子など)
 ひと月近い公演の中で、出演役者の体調の変化もあり、すべてが万事100%の舞台を勤められるわけではあるまいが、そうした中での、俳優の演技、裏方の機敏な動き、下座音楽のリズム、浄瑠璃・長唄・清元・常磐津、太鼓や鼓、笛など、瞬間瞬間に消えていく劇場の非日常的空間を存分に楽しめるのが、座席選びをする、切符を買うときの楽しみだ。

 

H27.11切符(第四期歌舞伎座座席表)
第四期歌舞伎座(2010年4月閉場)までの座席表

【第三話】切符 / 語り:大城戸建雄