【第十話】襲名 / 語り:大城戸建雄

「襲名(しゅうめい)」

 近年、歌舞伎界では襲名興行が相次ぎ、イベントとしての「襲名」が定着した感がある。
それぞれ特色のある内容ではあるが、名前を継ぐことによる伝統芸の継承を主眼にするというより、歌舞伎界を印象づけるためのスター作りというイメージが強い。
それは、親子揃って4人の襲名は初めてとか、81 年ぶりの名跡復活、また、幼い兄弟の襲名初舞台、そして親・子・孫3世代同時襲名など内容の宣伝には事欠かない。

ただ、かように一過性のスターを作り上げて話題作りをしなければならない歌舞伎界の現実に危機感を持つ人も少なくないだろう。
襲名するとその役者の芸が伸びるのが過去の歌舞伎界においては通例であった。
まず、引き継いだ名前に恥じぬ芸をしっかり覚え、演じ込むという意気込みが芽生えるからだ。つまり先代やその名前の過去の名優の魂がその役者に乗り移ると信じられた。観客もまた、名前が変わるということは役者が変わったと思い、さらに名優といわれた役者の演技や型を蘇らせて欲しいと願った。当然興行主もその名前に相応しい興行収入を期待する。そんな連鎖が襲名興行というイベントの大きな要素であった。
近年のような話題性のある襲名興行は過去にもあった。例えば来年、親・子・孫の3代襲名を発表した松本幸四郎家は昭和56 年に同じ3代の襲名を行なっているし、坂東三津五郎家も昭和37 年に三津五郎・簑助・八十助の3代襲名を行なっている。
長年空席になっていた名跡の復活といえば市川宗家の団十郎の名前が昭和37 年に60 年ぶりに復活、平成17 年、上方歌舞伎のビッグな名跡である坂田藤十郎が231 年ぶりに4代目として蘇ったことなど、当時のその興奮を知る世代も多い。しかし、それらの襲名は、本人の実力や興行主、先輩・同輩、観客の思いが一体となり、満を期して行われてきたように思われる。
近頃は歌舞伎という世界だけに閉じこもって他の演劇ジャンルに出演せず、ひたすら伝統芸を磨きあげる役者は名題ではごく少数になった。いろんな場所で活躍し、映画やテレビ、他のジャンルの俳優と共演することで多くのファンを開拓することは、その役者の芸の発展と経験にもなることで喜ばしい。
しかし、顔を知られることでスター気取りでは心もとないし、歌舞伎役者としての芸の素質の成長の芽を場合によっては摘みかねない。その辺りは十分承知してのことだと思うが、先人の芸を踏襲しながら自分の仁にあった役を育む努力を怠らず、修行に耐えながら、観客が安心して楽しめる古典歌舞伎の舞台を作り上げる役者が、私たちの世代から見ると少なくなってきた。
現代では、舞台芸術をその空間で最高に楽しみ、客席と舞台が一体となってエンターテイメントな世界を一瞬作り上げる。その空間から一歩外に出ればまた違うイベントが待っているという時代なのだ。ゆったりと余韻を楽しんで舞台に想いを馳せるという時代に育った人間にはスピード感が違うようである。
襲名興行の舞台稽古着は、他の役者は浴衣などだが、襲名する役者は紋付袴で威儀を正して行う。そこに、名前を変える重みを自ずと肝に据える伝統芸能歌舞伎の真髄が見える。それだけに、当の役者が信念を据えてじっくり名跡の在りようを考えて芸域を育てていただきたいものである。

語り:大城戸建雄

 

 

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