【第十二話】歌舞伎の色―黒 / 語り:大城戸建雄

「歌舞伎の色―黒(かぶきのいろ―くろ)」

 

歌舞伎には歌舞伎独特の色が存在する。派手やかで、鮮やかで目を見張らんばかりの色。渋くて地味で生活の空気そのものの色。豪華で絢爛、眩いばかりの金襴、錦の色。壮絶で、陰惨で、怨念が渦巻く色。軽やかで、滑稽で、陽気に朗らかな色。などなどである。

そんな歌舞伎の色とりどりではあるが、まず気になるのが「黒」である。

第一は劇場内で活躍する黒子。黒子は舞台上で、小道具の運搬や役者の介助などの役割があるが、その存在は観客には見えないものとの案文がある。次に舞台効果の一役を担う下座音楽を演奏する場の黒御簾。ひな壇の派手やかな伴奏ではなく、あくまで裏方に徹し、舞台進行上で欠かせない風・雪・雨・波の音や鳥の声といった効果音や、長唄を基底として舞台情景を演出するあらゆる場面を音楽化し、劇の進行を介助する場といえる。さて、定式幕の黒。舞台上手から黒・緑・茶との配列で、く・み・ちゃと覚えるが、下手からこの順番の幕を使う劇場もある。因みに江戸の中村座は黒・白・茶だったとか。定式幕に使われた黒は何を表すのだろうか。開幕前、照明がおちて徐々に劇場内が暗くなるにつれさざめきも収まり、無音の暗闇になる一瞬。あの時の心の高揚、いざ歌舞伎が始まる、異次元への参入だと心の切り替えを喚起する闇。まさに歌舞伎劇場が持つスリリングな時間である。さらに舞台切り替え時の暗転、舞台上でのだんまりの闇・・・。

歌舞伎の色は、舞台効果だけでなく、役柄の心の表現を担う役目を負っている。照明の薄暗い過去の劇場においては、役のイメージを的確に表現できる手段として時には奇抜な色の選択があったであろう。が、舞台照明が明るくなって、現代では演出家、役者自体が色を考えるようになったとはいえ、伝統的な舞台を決める色は今も伝承されている。

「積恋雪関扉」という舞踊劇は、前半、淡い薄墨の桜色で舞台が構成される。まさに日本画的表現の世界であるが、大伴黒主が正体を現すと、暗黒の世界になり、淡墨桜に輝きが増して、黒を引き立てる。ぶっ返りの衣装の黒が見ていて鮮やかに悪の色香を撒き散らすのだ。座頭としての技量と実悪役者の色気が伴なってはじめてその衣装の黒が歌舞伎の色と成る。

新口村の梅川・忠兵衛の黒の衣装は雪に輝く。実父孫右衛門との愁嘆場が見せ場だが、二人の衣装が、黒であるから悲哀がます。死にに行く闇への逃避行であるのに、そこに色香の艶やかさが醸し出されるのは黒の衣装の持つ不思議さだろう。

中村仲蔵が考案したという、斧定九郎もまた衣装が役者を選ぶ。この役で、この黒羽二重の衣装が映える役どころは誰もができる役なのに誰もができない、黒い衣装に役者を選ぶ魔性がある。衣装を黒にして映える役柄はそんなに多くはないが、歌舞伎全般にあって黒という色の重要性は多い。

黒という色が様々な意味を持つのだ。時には無、時代の暗部、世相の非情、そして人間の心の闇など・・・。歌舞伎狂言の構成に必要な、世界、時代、趣向などの絢交ぜが黒という色を輝かせているのではないだろうか。

語り:大城戸建雄

 

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【第十二話】歌舞伎の色―黒 / 語り:大城戸建雄