【第九話】鳴り物 / 語り:大城戸建雄

「鳴り物(なりもの)」

 お国歌舞伎草紙を見ると、横笛、鼓、太鼓の奏者、扇をもって拍子を取りながら唄を歌っているらしき人物などが描かれている。それは単に体で拍子をとって物語に節をつけた唄らしいものを歌いながら舞を舞うのではなく、職業としての演奏家がそこに存在していたことがうかがえる。
今日、鳴り物とは歌舞伎で三味線以外の楽器のことをいい、舞台には現れずに演奏されているが、初期の歌舞伎時代には舞踊音楽と伴奏音楽の区別を明瞭にする必要がなかったから唄も三味線も鳴り物もみな舞台に出て演奏していたようだ。しかし内容が進歩していくうちに、舞踊の音楽のみが舞台に現れ科白を主体とする劇の伴奏楽は、舞台の一隅に隠れて、陰で演奏するようになる。
その演奏場所、及び普通にはその音楽をも総括して歌舞伎では「下座」と呼んでいる。そしてその音楽家は、歌舞伎創始以来今日まで、歌舞伎の専属音楽である「長唄」の唄、三味線、及び囃子方に限られ、舞踊の地でも長唄の簡単なものならこの下座でこなしてしまう。
演奏する場所は、「黒御簾」と呼ばれる舞台の下手にある黒い板と御簾に囲まれた空間であるが、なるべく見物にその場所を知らせないような形式をとるようになっているが、昔は舞台の上手にあったそうで、文化年間に下手に移ったそうだ。京阪では明治の中頃まで上手にあり、囃子方の部屋として存ししていたらしい。下手にあるから下座かと思いきや、もともと上手に位置していたとなると、下座という言葉の起源がわからないが、一説には、武家の次男坊などがその演奏家に多くいたそうで、劇場従業員と区別するために「外座」、あるいは興行のたびに武家の演奏家をアルバイトに雇ったところから、外の座組みという意味で「外座」と称していたのが転化したという。
下座の音楽は、①劇中に挟まれる短い舞踊の伴奏である「踊り地」と②役者が台詞なしで、単に仕草のみを長く続けるとき、舞台効果をあげるために演奏される唄「めりやす」と③下座本来の音楽で、幕の開閉、人物の出入り、場面の情景、会話または動作中の伴奏などに応用して効果を上げる「陰」に分かれており、時にはその音楽が演劇の中心をなすこともある。
鳴り物は③の三味線以外の楽器で表現する、情景の効果音として知られている。
雨、雷、雪、山おろしなどの自然音を太鼓の叩き方一つで効果的に表現したり、笛を使って様々な鳥の鳴き声を表現する。
雪の降るときは、実際に音などしないが「しんしんと・・・」と言った文学的表現を、「と・ん・と・ん・と・ん・・・」という太鼓の巧妙な撥さばき一つで出す音がいかにもそれらしく感じさせるのだ。「恋飛脚大和往来」の新口村の場の孫右衛門の花道の出などは見事な効果を演出している。
音楽の演奏家だけでなく、役者も子役の時代から舞台の袖でいろんな大道具や小道具の動きを見知り、多くの下座音楽や鳴り物を目の当たりに学びながら育つ。そして役者の体に染み付いた技術が、互いに助け合い重なり合って歌舞伎という芝居を作り上げている。歌舞伎にとっては、役者の演技だけでは作り上げられないそれなりの効果を鳴り物も担っているといえよう。

語り:大城戸建雄

 

 

 

今回のお話しに出てくる歌舞伎「恋飛脚大和往来」<新口村>が大城戸建雄氏の原画で絵てぬぐいになってます。

雪の降りしきる中、心中を決めた二人の道行の情景が伝わってくる名場面が染め上げられてます。

お話しの中の孫右衛門の花道の出の場面と違いますが、是非こちらもご覧になってください。

%e6%96%b0%e5%8f%a3%e6%9d%91

筆者:大城戸建雄 原画

絵てぬぐい「新口村」 ¥1,620(税込)

詳しくはこちらのページでもご紹介しております。

「絵てぬぐい 新口村」のページ

【第九話】鳴り物 / 語り:大城戸建雄